実証実験レポート

【2023年度】富山県のバス遅延問題にITで切り込む。バスロケデータの活用でダイヤを最適化(株式会社トラフィックブレイン)

インタビュー対象者

株式会社トラフィックブレイン 

代表取締役社長 太田恒平様

情報処理技術者、旅客自動車運送事業運行管理者、国内旅行業務取扱責任者

 

https://t-brain.jp/

 

バスロケーションシステム(以下、バスロケ)の走行実績データに基づき、最適なダイヤを生成する自動ダイヤ改正システム「Dia Brain(ダイヤブレイン)」。その開発者である株式会社トラフィックブレイン代表の太田恒平氏は、このシステムを携えて今回の実証実験プロジェクトに参加し、富山県内バス会社2社の遅延改善に取り組みました。岡山、東京、熊本に次ぐ4地域目の導入となった富山県では、どのような成果を得られたのか。見えてきた課題と今後の展望を含めて、太田氏にお話を伺いました。

 

バスロケデータのオープン化が進む富山県でバスの遅延改善に取り組む意義を感じて応募

私は「国交省バス情報の静的・動的データ活用会」の事務局に所属しており、日本各地のバスロケの標準化やオープン化の支援、自動ダイヤ改正システム「Dia Brain(ダイヤブレイン)」を用いたバス遅延改善などに携わっています。

 

富山県さんとは、「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)」実証実験プロジェクトが始まる少し前から、交通戦略関連でお付き合いがありました。富山県地域交通戦略会議の委員である関西大学経済学部教授の宇都宮浄人先生のご紹介で、第2回サービス連携高度化部会にお招きいただいたのが2023年1月のこと。MaaS(Mobility as a Service)や「Dia Brain」についてお話しする流れで、富山県のバス遅延問題にも改善の余地があるとお伝えしました。それ以来、バス運行データの活用方法やサービス改善についての相談を受けていたのですが、折良く実証実験プロジェクトの参加募集が始まり、富山県のバス遅延改善に取り組むよい機会であることから応募させていただきました。

 

バスなどの公共交通では、GTFS(General Transit Feed Specification)」という世界基準の規格が使われており、世界的に公共交通データのオープン化が進んでいます。日本でもGTFSによる公共交通データの標準化が、国土交通省によって進められてきました。私も標準化や普及に関わっていたので事情をよく知っているのですが、全国的にみても富山県は先進的で、大手バス会社から市町村の小さなコミュニティバスに至るまで、全バスロケデータをリアルタイムに公開している地域はほかにはありません。

 

GTFSデータは基礎的なデータなので応用が利きやすく、ダイヤ改善など幅広い分野で役立ちます。今回の実証実験プロジェクトにおいても、データを「Dia Brain」にかければ最適化されたダイヤが生成でき、遅延が改善できるだろうと見通しを立てていました。

 

「Dia Brain」で遅延を最小限に抑えるダイヤに改善して弱点を克服、バスの利便性向上へ

バスの弱点は遅延です。私が過去に実施した調査では、利用者のバス遅延の許容範囲は5分以内という結果が出ていますが、それを実現するのは容易ではありません。新幹線や飛行機などほかの交通手段はおおむね定時に発着しますが、バスは交通渋滞などさまざまな事情でどうしても遅れがちです。

 

富山県のケースでは、富山地方鉄道バスの高岡市と富山市を結ぶ長大路線でとくに大きな遅延が生じていました。平日の7時35分発と16時45分発の便では、富山市街の停留所でほぼ毎日約10~12分の遅れが発生。常態化しているのなら、あらかじめ10分ほどダイヤに織り込んでおけば利用者の余計な待ち時間が減るはずです。ほかにも、各停留所で遅延5分以内を実現するには、遅れを吸収するポイントを全体に散らす必要があることも見えてきました。

 

プロジェクトの前半で行なったのは、このような改善すべきポイントを一つひとつ洗い出す作業です。もちろん単純に数字だけをいじれば改善するわけではないので、バス会社に事情を伺いながら、ダイヤに盛り込むべき条件も丁寧に詰めていきました。たとえば、時刻表の時間がすべてバラバラではわかりづらいので、9時から16時は何分間隔に固定しましょうといったことです。

 

それからデータを整備して、「Dia Brain」で最適化されたダイヤが完成。富山地方鉄道バスの改善版ダイヤでは、遅延5分以内率29%から55%に改善できる見込みが立ち、バスの利便性向上を大きく期待できる結果に。加越能バス様からも、高評価を得ることができました。

 

プロジェクトを進めていく中で課題が発覚。急遽、点列データの利用に切り替えて対処

実証実験でもっとも工数を要したのは、データの整備です。富山県ではバスロケデータをリアルタイムで公開している優れた面がある一方で、そのままでは「Dia Brain」で自動計算できないことが判明して想定外の対応に追われました。

 

まず、GPSの測位間隔が20秒と粗かったため一般的な1~5秒に設定できないかと相談したところ、費用面で折り合いがつかず断念することに。到着時刻だけでは自動計算できないため、出発時刻を加えたデータを提供いただくも必要な情報が足りず。試しに「Dia Brain」にかけてみましたが、結果に欠損や精度低下が生じたため、発着記録データによるダイヤ生成を断念せざるを得ませんでした。このシビアな現実を突きつけられたのが12月上旬です。

 

是が比でも対処するために、急遽、点列データをつかった発着判定システムの開発に着手することにしたのですが、点列データにも欠損があって再び壁にぶつかることに。苦肉の策としてエラーも含めたデータを再提供いただいて、バスの便を割り当てし直すマッチング作業やシステム開発を連日行うことで難局を乗り切りました。

 

前職でGPSデータをもとにした渋滞分析や道路分析に携わり、責任者の立場にあったためマッチングの大変さは理解していたのですが、一人で1日数百便のデータを割り当てるのはなかなか骨の折れる作業でした。工数も3倍に膨らみましたが、最終的には「Dia Brain」で自動計算可能な状態にできたので安堵しています。一方で、Excelでのお渡しが12月中から1月中旬にずれたため、バス会社の社内調整期間がタイトになり、心苦しく思っています。

 

具体的な数値目標を立て、官民一体となって取り組み続けることがウェルビーイング実現の近道

バスの遅延改善効果は大きく、バス会社にも利用者にもメリットをもたらします。富山地方鉄道バスのケースについて、待ち時間を1分短縮することによる便益・増収を概算したところ、年間で10万時間の余計な待ち時間を短縮でき、利用者のベネフィットは8400万円、運賃収入は3400万円増となり、「Dia Brain」を導入する意義を実感する結果を得られました。投資効果は1回限りではなく少なくとも1年は続きます。コツコツ改善が必要ですが、費用対効果が高いのは明白なため、今回の実証実験を行なう価値は十分あったのではないかと感じています。

 

実証実験プロジェクトの結果は春のダイヤ改正に無事反映されることになりました。私個人はダイヤ改正後の5~6月までバス会社にお付き合いして、その後もフォローする予定でいます。

 

富山県が掲げるウェルビーイングな世界とは、明確な目標を立て、リソースをかけて継続的に改善する活動があってこそ実現できるものです。これからもぜひ官民一体となって交通事情の改善に取り組んでいってほしいと期待しています。

 

私自身も改めてバスロケデータの標準化、オープン化の普及に力を入れるとともに、全国のバスの遅延改善に貢献していきたいと思います。