実証実験レポート

【2023年度】一日でも早く「あたり前のくらし」を取り戻すために。「富山県発」衛星データ解析技術で被災箇所の全容把握を目指す(松嶋建設株式会)

【インタビュー対象者】

松嶋建設株式会
松嶋幸治様
https://www.e-matusima.co.jp

 

松嶋建設株式会社は、「地域のあたり前の暮らしを下支えし、技術革新で一歩先へ。」をビジョンに掲げ、砂防、河川メンテナンス、除雪などに取り組んでいる企業です。近年はドローンやITなどの新技術を取り入れ、現場作業の安全性向上、効率向上にも力を入れています。今回は、災害時に被災地の「あたり前」を一日でも早く取り戻すために衛星データを活用できないかと、「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)実証実験プロジェクト」に参加。そこから見えてきた課題や成果について、松嶋建設株式会社(以下、松嶋建設)松嶋幸治様にお話を伺いました。

 

「あたり前のくらしを守るためのウェルビーイング」を。

富山県に住む人々と共に創り出したい

 

 

松嶋建設は立山砂防に携わって半世紀以上。富山平野の安心安全のために使命と誇りを持って地域の暮らしを下支えしている会社です。例えば、私自身も冬の間は深夜から早朝にかけて除雪車に乗り、地域の皆さんが通勤・通学する道を除雪することがあります。朝になれば皆さんが安心して歩ける、車で走れる道になるように整える。決して派手ではありませんが、必要な仕事だと誇りを持っています。

 

その上で、近年は積極的にドローンやITなどの新技術を取り入れ、現場作業の安全性向上、効率向上にも注力しています。今まで培ってきた技術を生かし、より発展させる方法はないか?産学連携や異業種連携により新技術開発や研究を推進できるのではないか?と模索しているとき、富山県のホームページで「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)実証実験プロジェクト」の参加企業募集を見つけました。

 

我々のモットーは「あたり前のくらしを守る」ことです。このプロジェクトが目指す先は「日常生活を守るためのウエルビーイング」を創り出すこと、それならお役に立てるのではないかと思ったんです。そして何よりも富山県の人々と一緒に地域の課題解決のための実証実験に取り組めることに魅力を感じて応募しました。

 

衛星データを活用し、広範囲の被災箇所をいち早く把握
WEBアプリを通して早期の普及に役立てる

 

 

今回我々が行った実証実験は、衛星データを活用し、広範囲の被災箇所をより早く把握するためのWEBアプリの作成です。きっかけは2023年6月に立山町でおきた豪雨災害です。我々は災害支援活動として現地にも泊まり込みで行きましたが、被災箇所の把握に多大な時間がかかりました。どこの道路なら安心して使えるのか、どの堤防が決壊しているのか、どの集落が孤立しているのかなど、実際に現地に行くまでわからない状態でした。そのとき、復旧をサポートするプロたちがもっと早く必要な情報を取得できたら、そう感じたのです。

 

そこで、衛星情報をもとにして広範囲の被災箇所を一早く把握できるようなWEBアプリの開発を目指すことにしました。

 

実際、今回の実証実験では、現場確認及び総括を松嶋建設、衛星データはNECネッツエスアイ株式会社様から購入し、画像解析は富山県立大学にお願いしてスタートしました。衛星データの解析というと、北海道大学や九州大学など専門的に取り組んでいる大学もありますが、今回は富山県に住む学生らと取り組むことに意味があると考え、協力の依頼をしました。正直、衛星写真の解析は一筋縄ではいきませんし、実証実験の期間も限られていますから、この決断はかなりのチャレンジでした。しかし、実験が進むに連れて、この決断は間違いではなかったと感じたのです。

 

アプリ

SNSを活用した積極的な情報発信で世界とつながる
専門家たちとの出会いが可能性を広げていく

 

衛星データの解析は、想像以上に苦労しました。これまでドローン画像の解析の経験はありましたが、衛星データの解析はまったくはじめてのこと。知識すらほとんどない状態からのスタートでしたので、とにかく調べました。ただ、衛星データについていくら調べても解析の技術や手法について説明されている資料はほとんど出てきません。当然思うような情報が得られず、トライアンドエラーを繰り返しました。

 

また、衛星データの精度は天候に左右される部分も多く、雨雲が多すぎると正確なデータが取得できず使えない、角度が悪いから解析できないなど、想定以上の問題が発生しました。そのうえ、衛星画像は決して安価なものではないので、予算の面でも考えることは多かったです。

 

 

ただ、我々のこれまでの経験上、「(その分野の)本物に出会えば、どんなに難しい問題も解決に近づく」という確信がありました。そこで、まずは情報発信をしていくこと、さらには外部専門家への接触をすることにしたんです。

 

具体的には我々の実証実験に関する情報を、失敗も含めてSNSで積極的に発信するようにしました。

 

すると、専門家の方の目に留まるようになり、専門の技術を持った方々から連絡がくるように。これらのきっかけを逃さずに交流を続けていくと、衛星解析の書籍に携わったスタッフの方や北海道大学・衛星専門家の先生とも面談できたり、JAXAのコンソーシアムにも参加できました。これらのご縁は現在も続いており、東京大学の先生方の面談も予定しています。

 

そうして各分野に携わる「本物の方々」に出会うにつれて、我々だけでなく、参加している学生メンバーの目の色も変わってきました。技術的な向上はもちろんですが、それ以上にやる気がみなぎってくるんです。学ぶ意欲であったり、自分が取り組んでいることへの意味であったり。これまでやってきたことが間違いではなかったんだと確信に変わることで、新しいアイディアも生まれてくるようになりました。

 

 

学生メンバーとの取り組み

 

現時点では、この実証実験において目覚ましい成果が出ているとは言い難いのですが、可能性はどんどん広がっていっていると実感しています。3月にはJAXA主催のコンソーシアムミーティングで5分間のスピーチを予定。そこでまた我々の思いをお伝えできれば、さらに仲間が増え、できることも増えていくはず。人と人がつながって生まれる可能性を実感できたことは、今回この実証実験に参加したメンバーにとっては何よりもの成果だと思います。

 

「富山県から世界へ」。
画像解析経験ゼロの学生らが未来を切り開く

 

 

2024年1月に起きた能登半島の地震でも、衛星データの活用技術には注目が集まりました。今回のプロジェクトに参加してくれた学生メンバーも、実際に被災現場に足を運び、災害の大きさを目の当たりにして自然の恐ろしさを感じると共に、自身が携わっている衛星データの解析技術の必要性を強く感じたと話しています。

 

 

また、インターネットを通して多くの方々と情報交換をすることで知識を得るだけでなく、自分らが住んでいる場所からメッセージを発信できると実感したそうです。

 

インターネットが一般的に普及し、オンラインでのやり取りがあたり前になるまでは、アメリカに行かないとできない、専門的に学ぶには都会に行かなければいけないといった常識がありました。しかし、今は違います。やり方次第では、「富山県から世界に向かって」あらゆることを発信できます。そのことを、学生メンバーが証明してくれました。

 

我々が考える「ウエルビーイングな世界」とは、「あたり前のくらしを、あたり前に過ごす

」のこと。「あたり前」がいかに大切なものか普段は見失いがちだけれど、誰かのあたり前はいつも誰かが支えているんです。だからこそ、誰かの役に立つための技術を、今後も磨き上げていきたい。そして誰もが憧れるかっこいい仕事とは少し違うかもしれないけれど、建築業の素晴らしさや可能性を少しでも多くの人に感じてもらいたいと思います。

 

今後も、災害の多い日本という場所で、誰かの安心や安全につながっていけばと強く願っています。