【2023年度】地域中小企業の脱炭素経営の実現を支援し、持続可能な未来へ(e-dash株式会社)
【インタビュー対象者】
e-dash株式会社
エンタープライズ部
清野 隆様
https://e-dash.io/
e-dash株式会社は、三井物産株式会社を母体とし、CO2排出量の可視化、報告、削減 を総合的にサポートするサービスプラットフォーム「e-dash」を提供している企業です。「e-dash」は、国内の企業・自治体など約6,000拠点に導入されています(2024年2月時点)。「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)実証実験プロジェクト」では、地域の中小企業の脱炭素経営を促進するための実証実験に挑みました。同プロジェクトを担当したe-dash株式会社の清野隆氏に、取り組みの成果や今後の展望などを伺いました。
必要だとわかっていても取り組めない、県内企業の戸惑いと不安を解消したい
当社は、これまでさまざまな自治体と連携し、地域中小企業の脱炭素化支援に取り組んできました。2022年度は長野県須坂市で、地元企業5社のCO2排出量の可視化および削減施策の検討をサポート 。宮崎県からは2023年度、県内約100 の中小企業の脱炭素化を支援する事業を委託されています。このように、自治体による脱炭素に関わるプロジェクト等は常にウオッチしているなかで、「Digi-PoC TOYAMA」の取り組みを知りました。
富山県の中小企業のみなさんは、脱炭素化について戸惑いや不安を抱えていました。富山第一銀行様が実施したアンケート結果(「富山県内の中小企業の現在の業況と脱炭素化への取組状況について」、2023年4月調査、回答企業310社)によると、脱炭素化の取り組み状況について、全体の42.6%が「必要だと思うが取り組めていない」という回答しており、回答企業の半数近くを占めていることがわかりました。また、取り組みに移せない主たる理由は、「人手不足・知識不足」です。「そもそも、自社がどれくらいCO2を排出しているのか」「減らすならどれくらい、どうやるのか」それを調べるすべも、人手も、足りない状況であることが垣間見えました。
一方、自治体側も、各中小企業がCO2排出量を把握していないため、県内の中小企業のCO2排出量の総数がわからない状態。そのため、脱炭素化に向けた具体的な施策検討も滞っていました。当社のサービスなら、企業様、そして自治体様の両者に貢献できると感じたのです。
また、個人的なことなのですが、富山県はゆかりの深い土地なんです。学生時代には、石川県で過ごしていたこともあり、よく富山県にも足を伸ばしていて。教育実習も富山県の学校でしたし、前職で富山大学とコラボレーションしたこともあります。そんな富山県が、地域の企業の脱炭素化による地域経済の維持・発展や、それによる県民のウェルビーイング向上を目指していると知って、今、我々が取り組んでいる事業が、富山県のためになるなら、ぜひ寄与したいと思いました。
光熱費の請求書をアップロードすれば、CO2排出量が可視化される
当社が実証実験で提供したのは、「e-dash」のクラウドサービスを核とした脱炭素化の総合支援です。「e-dash」では、スキャンした電気やガスなどの請求書をクラウド上にアップロードするだけで、CO2排出量を可視化することができます。採択の決め手も、入力の手間がなく、特別な知識も不要というサービスの使いやすさだったと伺っています。実証実験では、可視化したデータを元にCO2排出量の削減検討のご支援までを実施しました。
また、各社のCO2排出量を可視化した結果は、自治体側でも一覧で確認ができます。さらに自治体のご要望に応じた最適化も実証予定です。これらの結果を踏まえた上で、今後、カーボンニュートラルの実現に向けた県と企業の連携体制のあり方の検討や検証も視野に入れ、取り組んでいく予定です。
スケジュールとしては、2023年9月から実証実験に参加いただける企業の集客がスタートしました。チラシを作成し、高岡信用金庫様、氷見伏木信用金庫様など当社が提携している地元の金融機関を通じて企業にお声がけ。関心を持ってくださった企業様に対し、弊社から実証実験やサービスについて詳しく説明しました。その後申し込みをしてくださった企業様には、「e-dash」の使い方や、アップロードいただく請求書の種類のご案内するキックオフミーティングを実施し、データのアップロードを行ってもらいます。データをもとにCO2排出量の可視化し、CO2排出量の削減提案も随時実施してきました。同時に、各企業のデータを自治体側もダッシュボードで確認できるようになったため、その使い勝手や新たなご要望などをヒアリングしています。3月に実証実験の結果をまとめるという流れです。
地元金融機関の全面協力による集客で、「未来のために」と20社が参加
実証実験で一番難航したのは、最初の集客の部分です。地元企業は、「脱炭素取り組みは必要だと思うが、まだ早いんじゃないか」という温度感でしたから。目標は15社だったのですが、富山県からも、15社すべて集めるのは難しいのではないかという声が上がっていました。そのようななか、金融機関の方に一生懸命つないでいただいき、徐々に地元の企業とお話する機会が増えていきました。
そして、集客スタートから1ヶ月後の10月下旬、第一号案件として荻布倉庫様が「e-dash」を導入。その理由は、「自社のCO2排出量を測ったことがなく、状況を知りたい」とのこと。やはり、関心は高いけれど、きっかけや手立てがないというのが、地元企業のみなさんの思うところなのだと実感しました。そこから1社1社と参加企業が増えていき、最終的には目標の15社を上回る20社に。予想外の結果に、富山県のご担当者にも喜んでいただけました。
その後、年明け1月1日に、能登半島地震という大災害が起きてしまいました。震源となった石川県のみなさんはもちろんのこと、富山県の被害も大きく、一時、実証実験どころではない状況もありました。しかし、みなさんの懸命な努力とご協力のもと、実証実験を遂行することができました。被災した方々に心からお悔やみ申し上げるとともに、そのようななか前向きにご参加いただけたことに、感謝しています。
CO2排出量の削減目標の明確化と具体策の提案が、県内企業を動かし始めた
明確になった各企業のCO2排出量をもとに、実証実験では削減提案も進んでいます。まず、パリ協定が求める⽔準と整合したSBT(Science Based Targets)に準ずる削減を達成するために、年間でどれくらいのCO2排出量を削減しなければならないのかを企業様に示させていただきました。
そのうえで、具体的な対策も提案しました。たとえば、「照明を蛍光灯からLEDに交換することで、約70%の省エネに繋がる 」「太陽光発電の設備を無償で設置できるPPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)という仕組みがある」「非化石証書(※)を購入すると、使用電力のCO2排出量を実質ゼロとして換算できる」など、ご案内をすると、企業の方は「知らなかった!」と驚かれることも。なかには、非化石証書を購入する場合のお見積り作成までアクションが進んでいるところもあります。
※)エネルギーの供給構造高度化法にもとづき、国内の非化石電力(FIT再エネ指定・非FIT再エネ指定・非FIT指定なし)の環境価値を証書化したもの
環境省:「炭素クレジット等について」より
また、実証実験の実施にあたり、富山県からは「『シンプルでわかりやすい排出量の可視化』に加え、『請求書情報という簡単なインプットだけで、業種や個社の状況に合わせた具体的な削減提案まで示すことができれば、なお素晴らしい』」との期待を寄せられていたところ、実際の削減提案の場に同席した県の担当者から高く評価していただきました。
脱炭素化は、日々の業務や震災の対応などに追われる企業にとって、まだまだどこか壮大なイメージがあるかもしれません。しかし、取引先が大手企業のケースも多く、そこがグローバルな視野で脱炭素に取り組んでいる以上、一刻も早く対応しなければならない課題です。今回の実証実験により、「e-dash」を軸にした富山県の脱炭素化のアプローチが一定の成果を残せるのではないかと感じています。
「大きな問題を小さな行動に」
グローバルに目を向けると、脱炭素化を念頭に置いた経営は、あらゆる企業の競争力の維持・向上に不可欠の要件となってきています。実際、脱炭素経営によって収益が上がっている企業も見受けられます。地域の企業が具体的かつ簡便な脱炭素化への取り組み手法を利用できることは、地域経済の維持・発展を促進する重要な要素。これは、富山県のウェルビーイングな成長戦略につながっていると考えています。
また、そもそも脱炭素とは、地球温暖化を止めるために行っているものです。富山県も、年平均気温が100年で2.2℃上昇しているという報告(富山県気候変動適応センター「県内の気象変動影響」)があり、地球温暖化の影響を明らかに受けていると言えるでしょう。これは、富山に住む人々の生活に影を落とす可能性が高いと考えます。その観点からも、脱炭素経営は富山県のウェルビーイングに直結しています。CO2排出量の可視化は、脱炭素経営の第一歩なんです。
もちろん、一企業が削減できるCO2排出量は限られています。しかし、脱炭素化への取り組みが1社、2社と広がっていくと大きな力になる。それは、当社が大切にしている価値観の1つである「大きな問題を小さな行動に」とも一致しています。この実証実験の成果をもとに、脱炭素化への取り組みが参加企業から他の地元企業へ、富山県から他の自治体へ、ひいては日本、やがては世界へと広がったら。そんなことを切に願っています。